5月14日。
母の日。
ある時を境に、2つ用意していたプレゼントは1つになり、
その分1つに掛ける金額が高くなった。
「知り合いから頼まれてカーネーション、買うことになった。
種類があるんだけどどれがいいかな?」
カタログを手にした夫が私に問う。
「これでいいんじゃない?」
「んじゃそうするよ。」
「うん。」
「・・・・・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「数は・・・どうする?」
「1つに決まってんじゃん。なんで?」
こう言った時、私の口調はキツくなっていたと思う。
「そっか。ごめん、1つね。」
「あの人に買ってどうするのよ。誰が渡しに行くの?」
「いない時を見計らって家に置いてくるとか。」
「家の鍵なんて・・もう持ってないよ!」
母の家を最後に訪れた後、実家の鍵をどこかにしまった。
泣きながら・・・簡単に思い出せないだろう場所へ。
鍵があったらまた行ってしまうかもしれない。
心配して様子を見に行く場合もあるだろうし
いない時を見計らって借用証書がないか探す場合もあるだろう。
そんな未来の自分を作らない為。
そしてものの見事に、鍵のありかを思い出せない私。
本当に思い出せない。記憶がぷっつりとないのだ。
「数はどうする?」
夫は決して無神経なわけではない。
この言葉を言うまでにいろいろ考えたのだろう。私には分かる。
それなのにやつあたりしてしまった。
「無神経なこと、言わないで!」と言わんばかりの態度。
どうしたら良いのか分からない、自分自身に対してイラついているんだ。
買い物へ出れば、TVをつければ、嫌でも母の日を意識する。
「お母さんありがとう」
なんてCMに「けっ。」なんて言ってる自分が嫌だ。
羨ましいくせに。素直に感謝の気持ちを伝えている子供が。
素直になれないあまのじゃく。
素直になるってどういうことだろう。
私は母に逢いたいのか?逢いたくないのか?
答えは両方な気がしてならない。
いつになったら好きになれるか、母の日。